永遠の夕暮れ

アクセスカウンタ

zoom RSS もしも、あの日

<<   作成日時 : 2006/12/08 22:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

確か、2004年の10月だったか
抑うつ状態が続いて、一日中、涙が出て・・・やがて涙さえでなくなって、怒りで一杯になって。

2001年に、大きなストレスを受けたのが発端で、あの時も、死ぬことしか考えられなかったけど、あの時は、とにかく忙しくて、俺がなんとかしなければプロジェクトの推進に大きな打撃を受ける事が分かっていたから、線路に飛び込みたいのを必死でこらえて出張に出かけていた。

が、この時は、家族だけが心の支えだった。
無論、遺族の被る精神的なストレスは理性では理解していたけれど、その一方で、こんな無様な生き方(自分の基準・笑)を晒すよりも、潔さを選びたい気持ちもあった。

遺書や葬儀の希望も書いた。

家族には、生き恥をさらしたくないこと。コレが俺としてのケジメなのだと。
友達には、高校時代、最高に楽しかったこと、もし、生まれ変わっても、また、友達になりたいこと。
葬儀の希望は、最低、セレモニーのBGMは選ばせて欲しい(俺の自作CD使っとくれ)。
もう少し気力があれば、式の進行や装飾まで書きたかったんだけど・笑

ある日、会社の倉庫で、死のうとした。
とは言っても、出社後の午前中に決意したから、準備全然してなくて、手持ちの刃物はシケタ”カッター”しかなくて、結局、傷跡を残す程度で終わった。
もちろん・・・家族への気持ちがあったからというのが一番大きかったけれど。
首吊りはしたくなかった。確実だけど、美しくない。
どす黒い血の海の中で、眠りたかった。
今にして思えば、電ノコを用意して、首の血管をぶった切るのがベストだったかなぁと、残念に思うこともあるけれど。

その後、奇跡的に、12月に”循環器、消化器系の異常”と引き換えに、精神状態が突如安定し、結局、死に時を逃した。
もっとも、それ以降、”頻脈”に苦しめられる事になるのだけれど。

結果的には、今、家族と一緒にいると、どんなに苦しくても、作り笑いの下がいかにボロボロだろうとも、自分が必要とされている事は、紛れも無い事実として分かる。
それに、多少ハデに死んで見せたところで、年間3万4千人以上が自殺している現状では、単に”3万4千人”の中の一人。大きな数字の中の一つに過ぎず、ハデにやって騒がれたところで一日二日で忘れ去られるだけだし。

今は、生き続ける。必ず、普通に笑えるようにしてみせる。
家族は、なんとしても守る。

俺は、まだ負けない。今は、力を蓄えなければならないけど、必ず上を目指す。

俺の命は、俺だけのものではない。家族のためのものなのだから。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ボチボチ行きまひょ・・・!お迎えが来る時は、死にたくなくても、逝くから・大事な家族がいるもんね。家族を、悲しませるのは罪だよ。みんなが、頼りにしているよ(*_*)
青い薔薇
2006/12/08 18:21
青い薔薇さん
そうなんですよね…
自分を必要としている人間がいるわけだし
演技でもドーピングでも、義務を果たすまでは耐えないと…
問題は、自分が自分のやりたい事をできないことなんですよね
これは、ほんとに悔しいです
安部義豊
2006/12/08 18:48

コメントする help

ニックネーム
本 文
もしも、あの日 永遠の夕暮れ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる