永遠の夕暮れ

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zoom RSS 今年の反省会

<<   作成日時 : 2009/12/30 22:51   >>

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 うーん。全然戦略が組まれてなくて、思いつきと勢いで突っ走った一年でした(意図的にやったんだけれど)。
 でも、まぁ、十年ぶりに合格点をあげてもいい一年だったとは思う。
 問題は、合格といっても『マークシート式のテストで及第点は取ったけれど、それ以上ではない』というレベルだよなぁという感じだけれど。
 そこは今年蓄えた部分を糧に来年、もう一歩進めれば、意味のある一年となるはずで、来年次第で評価は変わるかなってところ。

 ここ10年は病気で思うように動けず、家庭人(特に父親)としての立場と生き恥を晒して生き続ける屈辱との間に挟まれて苦しみまくった(土方が死んだ歳を越した時はホント、なにもできない自分が情けなくて泣いた)けれど、去年の年末に奇跡的に復活を果たし、なんとか40代の基盤を作ることには間に合った。
 ともあれ、作り(サービス業経験者なら表面はなんとでもなる)ではなく本当に笑えるようになった。
 五感の感覚も本当に復活した。太陽や月や星、風、そういったものの美しさを感じることができるようになった時、本当に『この世に帰ってきた』と実感した。
 そして、失われた時間を取り戻すために、無茶だろうがなんだろうが動きまわることになった。
 
 学校を卒業したし、産業カウンセラーの養成講座(わざわざ他県まで通った)受けたり、小説書きの修行したりと時間のやりくりが滅茶苦茶でこの一年で目に見える実績をあげることはできないという意味不明な事をやったけれど、結果的には全てがうまくリンクして来年につなげることができたとは思う。

【勉強】
 ・日本福祉大学大学(通信)卒業
  元々4年制(工学部)でているから、もうひとつ大学出たからって給料が上がるわけでなし、制度や情勢の変化に伴い当初目的としていたビジネス展開がムリと判断し、国家試験の受験資格取得を諦めた時点で、実利的なメリットはなくなったのでまるで達成感は無かった。
 夜勤やってた時代には3日連続残業夜勤明けの後で試験3つやった時は「ひと思いに殺ってくれ」と思ったけどやり通せたのは根性ついたかも。
 しかし、友達はできたし、貴重な事を学んだことは事実。
 特に『終末医療』の講義は、(終末医療そのものには興味は薄かったけれど)目から鱗なインパクトというか、価値観を深めてくれた。
 三大宗教以前の哲学・宗教から説明し、特殊相対性理論に代表される近代の発見に伴う変化を学べたことは俺には実に意味があった。
 特にマザー・テレサ、ショーペンハウアーの思想・活動に触れたことによって価値観を大きく変えられた。明らかにモノの見方は変わった。
 あと、主にビジネスマネジメントを専攻したけれど、スクーリングの講師は政府の委員を務めるような人間やかなり優秀な企業コンサルを招いていたから、政治経済などのナマな情報を得ることができた。
 そして、世界不況前には、福祉系のエライ先生ですら「グローバリズムが世界企業を産む」という妄想を抱いていた事実に世の中の動きの速さを実感した。
 まぁ、とにかく内面にはとてもタメになったのは事実。

 ・産業カウンセラー養成講座受講
  大学で受験資格に必要な単位を取得したものの、協会の方針変更に伴い受験条件を満たせない事になり、意地で急遽受講を決意。
  心理学の勉強としては不十分でがっかりだったけれど、面接実習で学んだ部分は実に満足できた(方針に賛同するかどうかは別として)。
  友達もできたし。
  労働法規や管理面の部分は、今後会社で役立てられると思っている。
  試験は一月末だから、そこまではまだ苦しいけれど。
  後述するけれど、小説書きには厄介な面と良い面があった。
  時間の拘束はかなり痛かった。
  書く時間そのものがなくなるという面(休みの半分以上が消えるんだから)もあるし、創作にあたって主人公とシンクロしていく過程があるけれど、家庭・仕事という顔に加えてもう一つの顔が必要なわけで、やっとシンクロした状態がいとも簡単に解けてしまい、コンディションを保てなくなることが多かった。しかし、キャラクターに寄りそう姿勢を身につけることがでたりして、中長期的には間違いなく有益になったと思う。

【創作】
 20年ぶりに創作活動を開始。
 病気の期間も含めて読書量はかなりあったから、テクニカルな面では蓄積はあったと思うが、なにしろ実際に行動していない。これは痛い。
 歳が歳だけに焦りはあった。
 急速に修行を積む必要があった。秋の地元の賞を目指して真剣にやることはやった。追い詰める苦しさはあったけれど。それぐらいは覚悟しないと。
 講座と重なって苦しいことこの上ない思いをした。
 結局、駄作ができあがり、応募は断念したけれど無駄ではなく、冬に別の賞に応募する作品の第一稿まで書きあげるところまで持ってくることができた。
 自分としては満足できるデキ。あとは結果さえだせれば。
 後5年が勝負だと思っている。

【家庭】
 まずまず。
 病気の頃は『子どもが巣立つまでは生きる義務がある』という理由で生き続けたけれど、なんとか子どもたちには気づかれないようにここまで持ってきたのは運がよかった。
 まぁ、なんとなく生徒会におけるキーくんに同情を覚える時があり、なんだか方向性を間違えたんじゃないかと思うこともあるけれど、楽しいからいいやって感じ。
 娘の学校事情をここまで話してもらえるパパってのはそうはいないだろうから、いいんじゃないかな。
 先日、「昔はリンゴはいつもウサギにしてくれたよね」って言われて、あぁそういうこともできなかったんだなって思って、「休みになったらまた作るね」と答えた。ここも気をつかわないとね。


 来年は、及第点レベルから、上を目指して歩いていきたい。
 でなきゃ生き残った意味が無い。

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